SIのプログラマはもっと悪い奴になるべき

SI系のIT業界では顧客からの無茶な仕様変更要求や、値下げの圧力が発生することが多く、技術を知らない営業やマネージャはそれを防ぐどころか顧客に迎合するばかりでプログラマを守ることができずにいる、という問題はよく指摘されるとおりである。
一般に下請けの立場が弱いというのはITに限った話ではなく、どこの業界においても共通の闇だ。しかしプログラマの仕事はこの状況を変えていける可能性があると考えている。

職場にもよるだろうが下請けプログラマは奴隷に等しい。なぜそんなにも弱い立場なのだろうか?
低賃金で長時間労働を強いられ、感謝はされない。
無茶な短納期・コストダウンを無理強いされ、そのマネジメントが引き起こす品質責任は、依頼した顧客でも受注した営業でも決定した決裁者でもなく、現場のプログラマに押し付けられる。
プログラマはやる気と健康を失い、死んだ魚のような目でサビ残を続け、いずれ燃え尽きる。

日本以外の先進国ではもう少し状況は良い。日本のIT事情の大きな特徴は、顧客・営業・マネージャといった文系職の役割が適切に果たされていない点にある。
顧客は要件定義をできず無責任な思い付きを垂れ流す。
営業は金の計算だけで顧客に迎合する。
マネージャは精神論でプログラマに長時間労働を強いる。
どこにでもある光景だ。

このような状況を多くのプログラマはとっくに理解しており、そしてあきらめている。
プログラマはこの状況に冷徹に対処する必要があるのだが、対処の仕方を誤っているケースが大半であり、そこにこの問題が解決できない本質が潜んでいる。

マネージャが働かない時、プログラマの中のリーダ的な人が実質的にマネージしていないだろうか?
顧客が無茶な要求を言った時、営業が「わかんないから調整して」と丸投げしてきたとき、提案型営業などと言いながら契約にもない要求仕様書を作成してあげていないだろうか?しかもサー残しながら。

技術に詳しくない文系にはその仕事を実質遂行できない。仕方がないから分かる人間が代わりにやるはめになる、という図式だ。
僧侶が死んだ時に勇者のベホイミに頼り、魔法使いが死んだ時に勇者のベギラマに頼り、戦士が死んだ時に勇者が「たたかう」。これと同じことが起きている。

プログラマはそれなりに大体の事をできてしまうので仕事と責任が集中する。実行者が責任者を兼ねてくれる都合のいい人だ。顧客も営業もマネージャも当事者でなくなりオブザーバ並みに責任感を失い、プログラマに要求を突きつけるだけの人になっていく。

プログラマ視点での解決方法はひとつしかない。
責任をかぶってあげる「いい人」をやめることである。
僧侶が死んだらいったんルーラで街に戻って復活させるべきなのだ。その時間の分だけ攻略に遅延が生じてもいい。代わりに勇者が二倍働くのではなくあくまでも僧侶の役割は僧侶に果たしてもらう必要がある。それがロールプレイングだ。会社組織もその原理で動いている。
他人が果たすべき役を代行してあげるという思い込みを捨てなければならない。代行させられる悪習を拒否しなければならない。それをしなければ強い組織に成長しないし、自身の身を守ることもできない。
日本の会社組織は「職能型」が多いが、プログラマの仕事は「職務型」として割り切るべきなのだ。

しかし気の弱い「いい人」は無茶な要求を突っぱねたり、納期の変更調整や要員調達などのマネージを要求することができないことが多く、結果むしられる一方だ。
「いい人」であることを捨てよう。プログラマは悪人がいい。怠慢でいい。ずるく立ち回る政治家になるべきだ。天真爛漫に技術だけを見つめるキャラはやめて、出来ない要求はきっぱりと断れるプロになろう。そういう気の強さを持たなければ現状を変えることは絶対にできない。

幸いなことにプログラマが首を縦に振らなければほとんどの仕事は仕事にならないのだから、文系は必ず譲歩する。技術という人質を握っている強い立場であることに気付け。無茶な要求を断ることでクビにされるような職場ならクビになっておいた方が幸せだ。さっさと次へ行こう。

そうやっていけばきっと日本におけるプログラマの地位は向上するはずだ。

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