SIerのプロジェクト管理における科学的管理法

SIerでは複数の下請けや社員を部隊に編成して管理することが多いこともあり、客観的な予実績で進捗や品質管理を行っている。俗に言う定量管理だ。プロジェクトの各タスクを数値化することで可視化し、比較可能にし、弱点分析の材料にしている。問題発生の予兆を早期に察知して事前の手を打つ事でトラブルを回避するマネジメントだ。

これは19世紀末から20世紀初頭にかけてフレデリック・W・テイラーが提唱した科学的管理法と実質的に同じものである。熟練者による属人化を脱するため、仕事をWBSに分割し、シンプル化し、標準化するものだ。分割された個々の作業は非熟練者をワーカーとして稼働可能にする。人々は文字通り組織の歯車として働く。そうして少数しかいない熟練者への依存度を下げ、組織の効率を上げる。標準化したそれぞれのタスクは実績経験から一定の平均的生産性が見えてくるので、その値を目標生産性と設定し、以後はそれを下回れば「生産性が低い」と扱われる。品質指標も同様の考え方だ。

SIerの定量管理思想はこの科学的管理法に由来しているので、その意味では非熟練の工場労働者を管理しているのと同義だ。言い方は悪いが、質の低い奴隷に効率よくモノを作らせる時の手法である。したがって単価の低いバイトや派遣や外国人労働者をかき集めた烏合の衆をコントロールすることに長けているとも言える。その生産物は安定した一定品質と納期達成が優先だ。クリエイティブでもなければイノベイティブでもない。マニュファクチュアと呼ぶべきものである。SIerはソフトウェアをマニュファクチュアとして製造しているのだ。まさしくソフトウェアの工場である。

テイラーの科学的管理法は第二次産業のものであるが、ソフトウェア開発は第三次産業であり大きく異る概念だ。この科学的管理法を脱却する手段としてのアジャイルやDevOpsといった方法論的なお色直しは一部で導入されはじめているものの、それらの本質をおさえた変化に追随できている現場をほとんど見かけない。その多くは繰り返しモデルやカンバンや、チケット駆動、テスト駆動といった分かりやすい「作業手順」に飛びついているだけで、実質的にやっていることはウォーターフォールを小さくちぎった科学的管理法に過ぎない。

日本のソフトウェア産業の過半数規模を占めるSIがいまだに第二次産業から卒業できない理由はビジネスモデルにある。クリエイティブな仕事をする集団はそれなりの優秀な知識労働者である必要があるのだがそうした人はコストが高い。顧客へは人月見積りに合致する要員数を揃えて見せなければならないが、利益率を上げるために質より量の体制で単価差分をピンハネしている。このような第一次・第二次産業と同じビジネスモデルで利益をあげているからには変化できないだろう。

知識とは人間に依存するものであり単純作業化することはできないのだから優秀な知識労働者による属人的なプロジェクト運営になることが自然だ。しかしできもしない単純作業化を目指した結果、ムダなペーパーワークを量産してしまっている現場は多い。高度な知識がなければできない仕事をそうでない人にやらせるために「レビュー」のプロセスを誤用して「承認」を得て「エビデンス」を残すことで責任を回避する。

今後日本のSI産業が価値を生もうとするならば、まずやるべきことは知識労働者の選定だ。優秀な知識労働者を高い給料で雇い、チームを作る。伽藍を作り上げるような厳格な規律は撤廃しチームメンバの自律的行動に任せるべきだ。豊富な知識と柔軟性のあるチームであるべきだ。決して機械の歯車のように決められたタスクを時間内に消化するだけの集団であってはならない。

ソフトウェアは知識の集合が織りなす創造物だ。工場が産出するプロダクトではなく、絵画や音楽のような芸術作品に近い。開発チームはそれぞれの役割を全うできる能力を備えた知識人の集合だ。机を並べて作業に勤しむライン工ではなく、野球やサッカーのようなスポーツ選手に近い。第二次産業時代の管理法が通用しない時代になっているのだ。

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